飼い主のまとめ

 この数週間、メールや掲示板はたまた直接間接的に励ましのお言葉を下さったみなさん、そっとしてくださったみなさん、それぞれの優しさとお心づかいに改めて深くお礼申し上げます。覚悟そのものはもう既に2年前からしてはいましたが、ペットとは言えさすがに9年間も連れ添っていると、悲しみから立ち直るにはかなりの時間が必要なのだなあということを実感として知りました。
「死んだら清掃センターに電話なんだろうな」なんて言っておきながら、いざとなれば一晩泣き明かし、気がついたらしっかりお寺で「個別 葬」までしてもらって、骨まで拾ってきました。
 まずはゴルビーがいなくなってから半月が経ち、やっと犬のいない生活にも慣れてきました。


 

 ある日、とあるブリーダーに、アイヌ犬とシベリアンハスキーの子が生まれたという話を聞きました。もともと北方系の立ち耳の犬が好きだった僕はカミさんに「見に行こうよ」と誘われるまま飛んでいきました。マラミュートや樺太犬、北海道犬、ライカという名前は知っていたけど「シベリアンハスキー」という名前は初耳でした。

 二間四方ぐらいのサークルがあって、だけど肝心のアイヌ犬は既に飼い主が決まっていました。気がつくと僕の足下には2匹のハスキーの子がまとわりついていました。片方はバイアイで、元気もよさそう。その日は一旦帰宅しましたが、どうもそのバイアイが気になってしかたがありません。
 次の日、もう一度バイアイの子を見たくてブリーダーのところに行ってみると、残念なことにバイアイの子は売り手が決まってしまい、そうじゃないブルーアイの子が、僕の足をがしがしと噛んでいました。


 で、気が付いてみると僕のアパートにいたというわけです。もちろんアパートはペット禁止。僕はそいつに、その頃ソ連の改革に奮闘していた政治家の名前、ゴルビーという名前をつけました。
 後で送られてきた血統書のケネルネームの欄には
「カリスマ オブ ○○」(○○は出産犬舎名)という、さらにたいそうな名前がついておりました。
 

 ハスキーという犬は、その犬種自体が不幸の代名詞のような犬。とあるマンガで、現実の性格とかけ離れた描写 をされたために、間違った認識のまま流行し、粗造乱造されたあげく、飼いきれずに不幸な運命を辿ったり、マスコミなどから「ハスキーはバカ」キャンペーンを張られてみたりと、日本に紹介されてからあまりロクな事がありませんでした。
 だけど、本来、使役犬としてはかなり有能で、その性格さえきちんと把握して付き合えさえすれば、大きさの割にはとても飼いやすい犬種です。

 ハスキーの故郷はシベリアの東北部のチュクチというところ。アラスカにいくとそれが少し大型化し、サモエドやアラスカンマラミュートという犬になる。日本のアイヌ犬や日本スピッツとも親戚 。性格は温厚で明るく、人間に対して全く警戒心がないため番犬には向かない。人間を噛んだり脅したりすることも全くない。放浪癖があるけど、群れをとっても大切にするので絶対に飼い主を忘れない。飼い主や他の犬が教えない限り、いわゆる「ワンワン」というような犬の吠え方はしない。かなり寡黙で、人間とのほとんどのコミュニケーションを目配せや甘えなき(ひゅんひゅんと鼻を鳴らす)だけで済ませてしまう。だから犬らしいコミュニケーションを期待する人にはちょっと拍子抜けだけど、あうんを掴むとめっぽう楽しい。
 
 ハスキーを持て余してしまう最大の原因は、ハスキーの「群れ意識」の強さをコントロールできないところにあります。
 普通なら飼っているうちに、世話をする家族の複数を「飼い主」と認識して、しつけが割と短期間に家族みんなのものになってゆくものだけど、ハスキーは人間を飼い主とは認識しないで、あくまでも「アルファ(第一位 オスor家族のリーダー)」が一人、あとは自分を含めた「群れ」がついてゆくというような構図で見ています。だからしつけや訓練が一様に効くとは限らないのです。しかも相手がアルファであっても、自分がヤな事はヤだと主張します。命令に従う従わないの区別 にいちいち理由が必要。でも、それが逆にフレンドリーな関係を築くチャンスにもなります。

 それと引っぱり癖。引っぱり癖はどんな犬でも潜在的に持っていて、ほっておくと散歩の苦労を何倍にも増大させてしまいます。だけどハスキーのそれは他の犬種の引っ張り癖とは根本的に違っていて、家庭犬としてはいささか荷がかちすぎるというのが本当のところかもしれません。
 ハスキーは元来そりを牽くために使役されてきたため、この引っぱり癖は血筋と天性のもの。他の犬なら、引っ張るのは自分がアルファだという認識が芽生えるきっかけになるから、とにかく条件反射的にその癖を抑え込むのがよしとされます。だけど、ハスキーの場合は、自分がアルファでなくても引っ張る。引っ張るのは「そり」。ぐいぐい引っぱりながら、飼い主の顔を見て「どっちに行くの?」という顔をします。犬が先だろうが人間が先だろうが、誰がアルファだろうが彼等はとにかく引っ張るのです。

 だからひっぱり癖は何がなんでも直すべきだという認識の方が無理があるかもしれません。いや、直せないこともないし、現実に直せるんだけど、とてもやっかいだし、ハスキーのいいところを台無しにしてしまう可能性もあるのです。
 そして「犬の飼い方」のような本に書いてある、「引っ張り癖を直す方法」を学んでも徒労に終わる可能性が高いのです。

 ゴルビーの場合、訓練所でしつけられた方法(アトエで誉める条件反射式)にすっかり嫌悪感を感じて、一時期は本当に「ワザ」と引っ張るようになってしまったことがあります。
 で、考えた末にどういう方法で直したかというと、抑え込むのではなく、場合分けをすることにしました。これはうまくいきました。ハスキーは労働と休憩の認識区別 がはっきりしています。それはそれは見事なまでに引っ張ることを「仕事」と思っているので、それを利用して、引っ張っていい時(自転車で運動している時)と引っ張ってはいけない時(人ごみを一緒に歩いている時)の区別 を教えればいい訳です。これは成功するととっても楽しいです。銀座のまん中をのらりくらりと散歩できるようにまでなりました。

ハスキーはいいですよ。友達みたいな犬。
でも、僕は東京じゃもう飼わない。。。
もっと寒くて、どこまでも雪原が続くようなところでまた会いたい。

。。。なんて言いながらブリーダー探しをしてたりして。 (1999/05/01)